連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表
第23回 国造りの哲学

 チッソ控えめで、美しい葉色のニンジン畑
チッソ控えめで、美しい葉色のニンジン畑

2020年東京オリンピック、パラリンピックに向けて、有機農産物の生産拡大を、国は大きな目標として挙げている。

しかし、現在の日本の有機農業の、農業全体に占める割合は、人口、面積でそれぞれ0.4%、0.5%(農水省推定)と極めて低い数字である。これがどれほどの数字かというと、欧米における有機食品の市場規模は、総売上額でそれぞれ3,7〜3,8兆円、市場成長率は8%〜11%。翻って、わが日本における市場規模は1,300億円。食品市場のシェアは1%と欧米より1桁小さい(2016年、農水省調べ)。中国や韓国でもその市場規模は、年々大きく伸びているのにという数字である。

なぜこうなったのか。

農水省は「高い技術が必要な上、販路確保が難しく定着が進まない」を理由として挙げている。それに対する対策として「新規参入者の販路確保を容易にし、所得の安定的な確保と向上に結び付け、定着・拡大を図る」とし、その方法として「実需サイドの視点に力点をおいた支援を行うことで、ビジネス環境を整備する」を上げ、「同時に生産サイドに対する技術的支援も継続的に実施」(いずれも農水省)としている。

本当にそうだろうか?

珍しい有機の生姜
珍しい有機の生姜

そういう側面は確かにあるだろうけれど、それが本質的な問題ではないと思う。なぜなら、高品質の有機農産物は、できる農家には簡単にできるし、その美しい有機農産物は、実需者が目を皿のようにして探している。なぜ探しているのか?それはニーズがあるからであり、売れるからに他ならない。目を皿のようにして探しているのは、その生産の絶対量が少ないからだ。だから生産者も、消費者も、実需者も、共通で最大の課題は「モノが無い」状況をどう改善するか、に他ならない。いくらビジネス環境を整備しても、新規参入者の販路を確保しても、モノが無ければ話にならない。これでは「オーガニック・エコ農産物の安定供給体制の構築」という国の施策は、これまでと同様、絵に描いた餅に終わってしまう。

生産拡大の最大の阻害要因は、高品質な技術を持った農家がたくさんいるのに、それを普及する仕組みができていないからだ。「生産サイドに対する技術的支援も継続的に実施」とは言っているけれど、実際、日本各地の生産現場にその支援は届いていない。

では、どうすれば良いのか。

高い技術力を持った篤農家の技術を、客観的に評価し、整理し、それを他の農家に提供していく仕組みを作る必要がある。それを、国が作るのか、地方行政が作るのか、JAが作るのか、あるいは民間―本来なら目を皿のようにして、有機農産物を探している実需者サイドも汗を?くべきなのだがーが作るのか、早急にそれに取り掛からなければ、2020年には到底間に合わない。多種多様なオーガニックイベントを、花火のように100回打ち上げても、「モノが無い」状態はそれだけでは変わらない。

という問題とはまた別に、この有機農業の推進を阻害している要因を、別な角度から考え直してみた。

収穫時の秀品が、約束された大きな双葉のダイコン
収穫時の秀品が、約束された大きな双葉のダイコン

それは、総論で言えば、「この国をどうする?」という哲学が無かったからだ。本来なら農業や一次産業のみならず、工業化社会や、情報・サービス産業や、環境問題や、健康問題など、国を取り巻くすべての状況を一つのテーブルに乗せたうえで、行政の性質上、その機能性を高めるために縦に割るのも良いけれど、しぶとく横にもつなげて、「健全で持続可能な国のあり様をどうする?」という大きな問いと答えを俯瞰的に導き、その目的に対する合意形成を図る。各論で言えば、その上で「自分には何ができるのか?」という解を自ら導き、それぞれの職業や立場で、気の遠くなるようなエネルギーを費やし、難解なジグソーパズルを解いていくように時間をかけて、しかも急いで、さらに悠々として、それを実行する。と言う生き様を、哲学として持つ必要がある。

1970年代から始まった、有機農業における産消提携運動の農薬批判、化学肥料批判、慣行農業批判がそれだ。有機農業者側―といっても実際は流通業者―の、慣行農業や国や地方行政を批判することで、相対的に自らの正当性を主張するという、まるで2流の政治家のような幼児性とお手盛りのロジックが、有機農業対慣行農業という対立の構図を生み、それが自らを孤立させ、一般消費者の足を遠ざけ、結果的に有機農業の振興を遅らせた。批判を伴うネガティブな情報には、いずれ人々は目を背けるけれども、ポジティブな情報とイメージは、いつまでも心に残る。

美しい、美味しい日本を取り戻そう。

技術に優れた有機農家は、多様な生命(炭素が軸)の循環を感覚的に捉え、そのイメージを技術の基本としている。畑で汗をかき続け、むき出しの末梢神経に刺激を与え続け、自我で硬直した脳細胞に、自由と開放感を与え、センスを磨き、時間があれば書をひもとき、学び働き続けている。有機農業に限らず、農業に限らず、あるいは一次産業に限らず、どのような分野であれ、共通の目的として「多様な生命が豊かに循環する、健全な社会の構築」を国造りの基本として合意できれば、結果論として有機農産物の生産は拡大する。

さあ、次の世代に、豊かな生命を繋ごう。




★★★ ワンポイントアドバイス ★★★

写真は、ソルゴー。よい緑肥となる。
写真は、ソルゴー。よい緑肥となる。
11月中EM生ごみ堆肥とすき込んで、春まで数回浅い耕うんを繰り返し、 じっくり、土ごと熟成させる。

綺麗で美味しい有機農産物は、誰にでもできます。なにしろ、山下一穂でもきるのですから。ま、学ぶこと、働くこと、繋ぐこと、にのめり込むことですね。







(2016年10月24日)

やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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