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土と脂 微生物が回すフードシステム



唐突だが、日本の医療費は2024年48兆円、国民1人当たりの年間医療費にすると38万8000円― 過去最高だ。高齢化と医療の高度化が主因とされるが、病院経営はなお厳しく、「お金があっても診てもらえない」未来への不安がささやかれる。この機に考えることはひとつ。病人を減らすことである。

日本には「医食同源」という言葉がある(中国の「食薬同源」由来)。前著『土と内臓』は、植物の根と人の腸が豊かな微生物生態系のなかで似た働きをすることを示した。本書『土と脂』は、その延長で「医食同源」を科学的に読み解く。人間は何を食べればよいのか──その視点で追っていく。

「緑の革命」と呼ぶ農業の近代化は、品種改良や化学肥料、農薬によって食料を増産することに成功した。では、その質はどうか。アメリカ農務省の対照圃場試験で1873~1995年導入のコムギ品種を比較した結果、品種改良したコムギは、鉄、亜鉛、セレンが大幅に減っていたという。高収量の現代品種は、総じてミネラルの含有量が著しく低いという傾向が報告されている。

では、野菜や果実ではどうか?テキサス大学の調査によれば、過去半世紀の中で、野菜と果実のミネラル含有量が5~40%減少。2015年の国際的レビューでは、化学肥料の量に比例して土壌が酸性化し、土壌根圏での微生物相の働きを阻害してしまうからだとしている。

また、化学肥料の使用で窒素が増えると、植物は窒素、リン、カリウムを土壌中の共生菌からもらう必要がなくなり、菌根菌が減少する。こうした根圏(こんけん)の微生物のネットワークが崩れるとミネラルや微生物代謝物、抗酸化作用を持つファイトケミカルまで、さまざまな栄養素を失ってしまうのだ。

結論としていえば、化学肥料は食料増産には大いに役立ったが、その過剰な使い方によって、土壌微生物を減らし、作物の栄養価は下がってしまった。つまり、「土の食べたもの」が植物を弱らせているのだ。

人間にとって欠かせない脂質についても同じ連鎖がある。牛が何を食べ、どう飼われるかは、肉や乳の栄養に直結する。2010年のレビューでは、TMR(完全混合飼料:穀物+サプリ+抗生物質)を食べた肉牛よりも、生の草を食べた肉牛の総コレステロール値は少なく、善玉コレステロールが多かった。ビタミンE1,5倍、βカロチンは4~10倍も含有している。牛が食べるものの脂肪が牛ひいては人間の身体を作る脂肪の配合となるのは当然のことだが、乳量や肉量の増産と引き換えに私たちが欲しい大切な栄養価を失ったといえるのではないか。

土、植物、動物、そして人間とのつながりを考えていけば、健康の土台はやはり「土」だという結論に達する。すべての植物や動物の身体が弱まっていることをどう復活させるかの鍵は、土壌の微生物にかかっている。

そのための方法として以下のような環境再生型(リジェネラティブ)農法の取り組むことを提案している。

  • 不耕起:土壌の生態系を破壊しない
  • 被覆作物の活用:土壌に必要な生物を育ておく
  • 輪作:同じ土地で違う作物を周期的に変えて栽培し、土の中の栄養素や微生物を増やす

これによって合成肥料を減らし、作物の栄養素を増やすことができる。

農業の担い手不足が問題になっている今、こうした環境再生型農業は有機・小規模農家にとって魅力的だろう。その穀物・野菜・果物・肉・乳を食べることは健康につながるのだという理解が深まれば未来は明るい。医療費にお金をかけるよりも、自分の健康に投資するほうが、ずっと建設的だ。

環境再生型の食材を選んで買うという選択が土を育てることになり、育った土が私たちの体を育てる。要は、目には見えない小さな微生物に何を食べさせるかにかかっているのだ。買うだけではなく、自分で作物を育てる人たちも増えてきた。たとえば、有用微生物群=EMを使って暮らしのなかで土とつながっている人たちがいる。有機農法とか自然農法とか難しく考えずとももっと身近な方法で栄養豊富な作物を手に入れることができる。キーワードは、〝発酵〟だ。まだ、世界ではこの観点で環境再生型農業が論じられていないのが、残念でもあり、この先の希望でもある。

 


土と脂: 微生物が回すフードシステム
D・モントゴメリー&アン・ビグレー(著)/ 片岡夏実(訳)

出版社 ‏ : ‎ 築地書館
発売日 ‏ : ‎ 2024年9月9日
新書 ‏ : ‎ 416ページ
定価:3,200円

【目次】
序章 「土壌の健康が食物の質に影響する」は本当か?
第1章 健康というパズルの重要なピース


第2章 人は岩でできている
第3章 生きている土
第4章 慣行農業の行きづまり
第5章 農民の医師

植物
第6章 植物の体
第7章 偉大なる園芸家
第8章 堆肥が育てる地下社会
第9章 多様な植物由来の見過ごされた宝石

動物
第10章 沈黙の畑
第11章 地の脂
第12章 肉の中身
第13章 身体の知恵

人間
第14章 健康の味
第15章 バランスの問題
第16章 作物に栄養を取り戻す
第17章 畑の薬
第18章 健康を収穫するあとがき

<土と脂 微生物が回すフードシステム|築地書館>
https://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1669-3.html