北海道・朱鞠内で暮らす│宮原光恵

第3回 酷寒の地の冬を暮らす

空を見上げると雪の降る音がします。
カサカサカサ、今日の雪は乾いて軽い音。
真黒な雪雲から舞い降りて来る美しい雪の結晶たち。
ああ、また長い白銀の世界が訪れた。

ある日、突然世界が変わる。
その日を境に冬が来る。
情け容赦なく降り積もり、あっという間にすべてを埋め尽くしていく。

一面の銀世界は、神様のつくる世界・・
一面の銀世界は、神様のつくる世界・・

その日がいつ来るのかは、なかなかわからない。
でも、その日は突然で、それまでに畑の作物を収穫してしまわなければならないし、ビニールハウスはすべて解体して片づけて、野菜の梯も回収し、外に並んでいる機械たちを倉庫に格納してしまわなければいけない。
夏用の軽油は冬軽油に入れ替えて、除雪用に機械をセッティングしておかなければならない。
凍りそうな川の水を水中ポンプで汲み上げて、ユンボのキャタビラに詰まっている泥を、頭からすっぽり覆った合羽姿で全身ずぶ濡れになりながら洗い落とす。
それでも、昨年秋はジャガイモの収穫が間に合わなかった。
10月の天気が悪すぎて、収穫ができない期間が長引いてジャガイモを2~3割も畑に残したまま、雪がやって来てしまったのだ。

-30℃の中でジャガイモの出荷

朱鞠内で農業を始めてから今年で20年目を迎えました。1年の半分は雪に埋もれて暮らします。
11月中旬から翌年5月中旬まで、朱鞠内は雪の中。冬は何をしているんですか?とよく聞かれます。
ずっとのんびりしていて、たまに雪かき、屋根の雪下ろしをするくらい?
そう思っている方が多いのですが、現実はそう甘くはありません。

ここで、農業だけで生き残るために、冬も作物の出荷作業をずっと続けています。
就農から17年間、秋に収穫したジャガイモを幌加内の本町にある農協の低温倉庫を借りて貯蔵してきました。
片道40㎞、毎日お弁当を作り、吹雪の日も厭わず通勤してジャガイモの出荷作業を続けてきました。
今思えばよくやってきたと思います。

3年前、農協から「もうその倉庫は貸すわけにいかないから、自分で何とかするように」と言われ、機械を格納していた倉庫を自分たちで断熱工事をして、この時から朱鞠内で貯蔵するようになりました。
マイナス30℃以下になる朱鞠内で、ひと冬中ジャガイモを貯蔵しながら出荷している農家は私たちが初めてです。
本来なら、ウレタンの吹き付け工事をするのが一般的ですが、それだけで200万円以上の費用がかかるらしく、自分たちでどうやったら安く、そして凍結などの被害を出さずに貯蔵できるか工夫して、材料費だけの10分の1程度の費用で済ませています。

深々と雪が降る日は、除雪作業にも手が抜けない

さらに、その倉庫を追い出された機械たちをまさか外に置きっぱなしにはできないので、再利用の鉄骨で安く倉庫を建ててくれるという地元の方にお願いをし、屋根だけ張った倉庫を建てました。

壁の材料を調達する費用がないので、トマトハウスの使用済みビニールを壁代わりに張ってしのいでいます。

こんなことの繰り返し。
畑作の新規参入でまともに機械や施設を導入していては、どれほどの資金があっても足りません。
我が家の機械のほとんどは中古で、全道各地で開催される中古農機具ショーを渡り歩いてかき集めてきました。
現在は、インターネットの『アルーダ』というホクレンの中古農機具サイトで必要な機械を探し、予算と機械の状態などを加味しながら、これならと思う物があれば、トラックで持ち帰る準備をしつつ全道各地、どこへでも見に行きます。
お買い得の物もあれば、時には大失敗も経験します。

雪と寒さと上手に付き合って

冬の朱鞠内は、ほとんど毎日のように雪が降ります。
静かに深々と降る日もあれば、ドカドカと暴力的に降り積もる日もあります。
ハラハラと舞い降りるように降り注ぐこともあり、時にはとても外に出る気がしないほどの猛吹雪に襲われる日も。
六角形のさまざまな形の雪の結晶が壊れることなくそのまま雪面に降り注ぎ、太陽の陽に光り輝くとき、その美しさに息をのみます。

ただ真っ白の世界だと思うかもしれませんが、雪の白さの中にはさまざまな白さがあるのです。
特に朱鞠内はお天気が良ければ”ガツン”と冷え込みます。
気温が下がるほどにその色は変化を見せ、雪と氷と水蒸気、太陽の光などが絡み合って、美しい世界を繰り広げます。
空気中の水蒸気が凍るダイヤモンドダストが毎日のように見られることもあります。
神様のつくる世界は、自分たちの想像を超えた広がりと美しさに満ちていることにため息が出ます。

雪そのものも変化に富んでいます。
気温が高ければベタベタと引っ付きやすく、重たい。
気温が下がってくるとサラサラとくっ付きにくくなり、さらに下がると踏みしめた時にキュッキュッと音がします。
気温が下がると、ふわふわと重なってできる雪の結晶同士の空間が結晶の崩壊と同時に減っていくのでしょうか雪はさらに締まり、積もった雪の嵩(かさ)はグンと下がります。
フリーズドライという食品の状態がありますが、雪も気温が下がるとドライスノーというサラサラの状態になって、まるでグラニュー糖のような雪質に代わります。
もっと下がるとアスピリンスノーですね。

屋根と鉄骨だけの倉庫に格納した機械たち

空気までピッキーンと凍った朝は、呼吸するのにちょっと苦しくなります。

凍った空気が肺に入って、それがスムーズに循環しない感じです。
冷えた空気を吸い続けると肺を痛めてしまうので、なるべく浅い呼吸に切り替えます。
冬にアラスカのネイティブの村で暮らしていた頃、「気温が下がったら、きちんとフードを被り、ジッパーを上まで上げて、顔の前で筒状の毛皮の空間をつくるように」と言われました。
呼気を温めて呼吸をするための空間をフードに取り付けた毛皮でつくって、肺を守るのだそうです。
北海道の冬では、さすがにそこまで必要な場所はほとんどありませんが、ここ朱鞠内では何年かに数回は-30℃以下に凍りついた、アラスカを思わせるような日もあるのです。

次回は、我が家流の冬の活動をご紹介します。


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<PROFILE>
みやはら・みつえ/ 北海道川上郡標茶町出身。学生時代写真部に所属。写真スタジオのアシスタントを経てフリーランスに。日本人女性唯一の大型野生動物の写真家としてアラスカの自然と野生動物をライフワークに取材を続けていた際、現在の夫と出会い、結婚。冬季のアラスカネイティブ社会で生活した経験を持つ。 狩猟採集の生活をベースに自然と共に暮らす生き方の実践のため現在の朱鞠内に1997年新規就農。現在耕作面積約60ha、そのうち約3haでEMを使った無農薬無化学肥料栽培で数十種類の野菜の栽培も行っている。

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