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土に触れる人はなぜ健康になるのか? 身体の中の自然を育てる

腸内環境は「内なる土壌」

現代社会を生きる私たちは、いつからこれほどまでに「土」から遠ざかってしまったのだろうか。アスファルトで舗装された地面を踏み、抗菌・殺菌された清潔な空間で暮らし、スマホやパソコンに囲まれる日々。一見、快適で洗練された都会の生活の裏側で、私たちの心と身体は悲鳴を上げている。

本書『土に触れる人はなぜ健康になるのか』は、医師である桐村里紗氏が、医学的・科学的エビデンスを起点にしながらも、現代人が見失ってしまった「地球環境と人間の健康の不可分性(プラネタリーヘルス)」を優しく、かつ鋭く解き明かした一冊である。

最もスリリングな指摘は、「人間の腸内環境」と「地球の土壌」を地続きのものとして捉える視点だ。著者は前著『腸と森の「土」を育てる』からさらに思考を深め、私たちの腹の中にある腸内細菌叢(マイクロバイオーム)を「内なる土壌」と呼ぶ。現代の過度な除菌や化学物質への依存、そして一律化された食生活は、農薬によって微生物が死に絶えた「痩せた農地」と全く同じ状態を、人間の身体のなかに作り出しているというのだ。

土に触れることが心身に与えるもの

では、なぜ「土に触れる人」が健康になるのか。著者はその理由を「3つの医学的メリット」として科学的に証明していく。特に興味深いのは、土壌に含まれる微生物が人間の精神や免疫に与える直接的な影響だ。土の中のバクテリア(マイコバクテリウム・バッカエなど)に触れると、脳内のセロトニン分泌が活性化され、うつ気分の改善やリラックス効果をもたらす。

つまり、泥まみれになって遊ぶ子供や、日々土を耕す農家の人々が感じる「心地よさ」や「幸福感」は、単なる気分の問題ではなく、地球の微生物と人間の脳が交わした生物学的なコミュニケーションの結果なのだ。さらに、多様な土壌微生物と触れ合うことは、現代病とも言えるアレルギーの低減や免疫システムの正常化、ひいては認知機能の改善や動脈硬化の抑制にまで寄与するという。

医学の祖・ヒポクラテスは「人は自然から遠ざかるほどに病気に近づく」と言い残した。著者はこの言葉を現代の環境破壊と人間の病理の双方に重ね合わせる。近年の深刻な土砂災害や温暖化といった「地球の病」は、人間が自然の保水力や循環機能を奪ってきた結果であり、それはそのまま、現代人が患う慢性炎症やメンタルの不調という「身体の病」とリンクしている。

ここで著者が提示するのが、東洋思想や日本古来の「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」や空海の「自他一如(じたいちにょ)」という世界観だ。人間を自然の上位互換とする西洋的な二元論ではなく、人間もまた巨大な地球という生命体の一部であるという調和の哲学こそが、現代の危機を救う鍵となる。

都市でできる小さな自然との接点

しかし、本書は決して「都会を捨てて地方へ移住せよ」という極端な二拠点生活や自然崇拝を強要する本ではない。都会のマンションのベランダでプランター菜園を始めること、観葉植物の土に触れること、週末に公園の土を踏みしめること。そうした小さな一歩から「身体の中の自然を育てる」ことは十分に可能であると、優しく背中を押してくれる。

デジタルが加速し、身体性が希薄化する時代だからこそ、あえて泥に触れ、五感を開放する。それこそが、私たちが本能的に求める「自然とつながりたいという衝動(バイオフィリア)」を満たし、本来の知性と健康を取り戻すための最もシンプルで本質的な処方箋なのだ。健康に悩むすべての人へ贈る医学書であり、同時に、傷ついた地球と私たちが共に生き直すための、壮大な実験である。今こそ、「土活=ツチカツ」だ。

(文責:小野田)


  • 出版社 ‏ : ‎ 光文社
  • 発売日 ‏ : ‎ 2026/7/15
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 本の長さ ‏ : ‎ 336ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4334110533
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4334110536


【 目次 】
はじめに
第1章 自然と関わる人はなぜ健康になるのか

内なる自然と外なる自然は一体
自然は生きた大きなシステム
日本において、人と自然の境界はあいまいだった
「あめつち」「山川」「草木」から「自然」へ
人の遺伝子に作用する環境要因「エクスポソーム」
人の生活習慣病と、自然環境の病は、根っこが同じ
自然と一体である人は幸福である
自然との関わりが多い人、少ない人
自然の定義(「狭義の自然」「二次的自然」「広義の自然」)
コロナ禍に移住して気づいた、都会の「人間以外の生命活動」の不在
田舎への移住で、難治の不眠症から解放
水との接続を取り戻す――源流体験が目覚めのきっかけ
「土から生み出せる」という自信――生きる力を取り戻す
自然が自信をくれる――子ども時代の体験と、意欲・関心の関係
自然欠乏症候群――緑地が少ない環境と精神疾患リスク
デジタル依存でますます自然から遠ざかる――発達の異常と身体的不調が増加
奪われる「冒険やチャレンジの機会」
過疎地の子どもたちが抱えている課題
子どものころからフレイル状態
幸福度最低ランクの日本――関係性の希薄化、孤食
コロナ禍と引きこもり――50人に1人という実態
圧倒的な自然への畏怖――「Awe」体験と健康
森林浴と人の健康――「森林セラピー基地」と「セラピーロード」
森林セラピーは免疫機能を高めストレスを軽減する
ハイパーソニック・サウンド――自然音の心身への影響
土に触れると心身ともに健康になる
土に触れる効果①――ストレス軽減と幸福度向上
土に触れる効果②――認知機能改善、動脈硬化抑制
土に触れる効果③――アレルギーの低減、免疫の調整
「微生物―植物―人」――マイクロRNAによる、生物界を超えた情報交換
「医食同源」を裏付ける――マイクロRNAの健康への働き
自然とつながりたいという衝動「バイオフィリア」
都市空間の中の自然――バイオフィリックデザインで、社員のパフォーマンスがアップ
「生態系サービス」から「生態系グレース」へ――自然がもたらす恩恵

第2章 自然とつながり直す
――都市でできること、ローカルでできること

自然とつながり直すためのアプローチ
目に見えない世界への感覚を開いて、自然の怖さ、偉大さを感じる
都市編》
都市の自然は足元にある――雑草は森のはじまり
さまざまな機能を持つ都市緑地に出かけよう――生物多様性の宝庫
神社の鎮守の杜(森)という装置
自然を神とし、祀る――世界でも注目の神道の自然観
水を育む「巨木や岩」を敬う――神道は自然の原理を捉えていた
神社合祀政策によって近代に失われたもの
神と仏を一体とする信仰と、寺社林
都市も再「野生」化できる――「Rewilded Urban(リワイルデッド・アーバン)」
プラネタリーヘルスな未来都市
都市を「森」と見立てる――生命システムとして生きる都市
オフィスでもできる「すき間」農園――生態系づくりのススメ
プランターでできる小さな拡張生態系
テレビ局の屋上で有用植物を栽培――都産都消の未来像
食べることで生態系とつながり、風土そのものとなる
土地の自然と食のつながりを取り戻す
まずは米を食べよう
小麦に注意した方がよい理由
米食の健康へのメリット
稲作・田んぼがもたらす多様な機能
DAOの仕組みで田んぼに関与しよう――人の貢献が、地球の富を増やす
ファッションから始まる再生――都市でできる選択
最も身近な環境としての衣服
会員が綿花から育てる仕組み――プラネタリーヘルス・ファッション
《ローカルを体験編》
頭を置いて、ニューツーリズムへ出かけよう
 ・エコツーリズム
 ・グリーンツーリズム/アグリツーリズム
 ・リジェネラティブツーリズム
自己変容をもたらす旅「トランスフォーマティブ・トラベル」――熊野三山の和合
SBNR(精神的豊かさを求める人たち)に広がるトランスフォーマティブ・トラベル
プラネタリーヘルス・ツーリズムの提案
大山さんのおかげ――鳥取での「流域身体化プログラム」
流域と一体化するプロセス――頭と身体に落とし込む
「ネイチャーポジティブ経営」時代の、新しい企業研修
全国流域ネットワークから新しい経済・社会基盤へ

第3章 SDGsのその先へ
――GDPを超える豊かさを経済基盤に


荒れ果てた森林大国――日本の現状
林業と森林生態系の保全を両立――橋本山
メガ発電建設が侵す山の禁忌
企業に求められる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは?
自然とのつながりを「腑に落とす」――頭から身体へ
経済活動は自然資本に依存している
大加速する人類の経済成長と、生態系の劣化――心身の健康へも悪影響
自然の回復スピード以上に自然を再生できるのは人類だけ
持続可能性から「再生」型経済へ――人類は地球の希望であるべき
忘れられた地方に眠る「自然資本」の価値
『スモール・イズ・ビューティフル』でシューマッハーが提唱した自然資本
GDPでは測れない豊かさの新たな指標
「自然が多い」「田舎に住む」だけでは人は幸せに生きられない
プラネタリーヘルスという大目標
「やっちゃった!江府町」――自治体初のプラネタリーヘルス
ギブアンドギブアンドギブの精神――「大山さんのおかげ」の経済
名人に残る「百姓」の知恵
劣化する日本の里山
物質的豊かさを追求した時代、そして幻想の崩壊
都市の〝クソどうでもいい仕事〟の終焉
今こそ、地方の賢人の知恵を学び直すとき
豊かさを守る水の町・江府町の役割――「流域」という単位で考える
江府町でのプラネタリーヘルス・アクションから地域未来戦略へ
環境再生は、自己犠牲ではなく歓び――プラネタリー・ドクター、ナースのスキル
自分の力で土地から生み出すことで、自信が生まれ、孤独がなくなる
無限小と無限大をつなぐ――限界集落連合と地球再生型経済圏「nichtöne」
不可逆的な変容が起こる「薩摩会議」へ
「食べることは生きること」――子どもたち自身が料理をする保育園
学校・保育園をハブとする生態系をつくる

第4章 私たちは流域(RYUIKI)に生きている
――最新科学が再統合する人と自然


近代に分断した人と自然――自分を生態系という大きなシステムの一部と捉え直す
流域動態感受性を取り戻す
世界的に注目される「RYUIKI」――古来の生命圏
天体のリズムと人と暦――土に触れ、自然に身を投じることで取り戻す
遺伝子に刻まれた生命の記憶、宇宙の歴史の記憶
遺伝子から辿る「日本人」とは?
日本列島で和合した宗教と自然観
日本的自然観と自利利他
食を通じた自利利他――「アグリデントメディスン」の実践

終章 AI・デジタルを超える身体知
――身体という自然を育てる


科学技術で人と自然を一体化させる未来
デジタルを超えた概念「クオンタル」
「1」割る「2」は、ほんとうに「0・5」なのか?
切り分けても両方の要素を残す「切り算」、そして「動き算」「重ね算」「裏算」
身体知という知性に目を向ける

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